所得税法59条と租税特別措置法40条

(1)相続、遺贈、贈与、低額譲渡に係る基礎理論と譲渡所得課税の歴史

譲渡所得に対する課税は、資産の値上がりにより、資産の所有者に帰属する増加益(capital gains)を所得として、資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会にこれを清算して課税するものとされている(最判第一小法廷昭40.10.31判決(1))。このことから、理論上は、相続や贈与があった場合でも、「資産が所有者の支配を離れて他に移転する」事に該当することから、支配権の移転を契機に値上がり益に対して譲渡所得を課税する法体系をとることもできる。現にシャウプ税制においては相続、遺贈又は贈与並びに低額譲渡により資産の移転があった場合においては、相続、遺贈又は贈与並びに低額譲渡の時において、その時の価額により、資産の譲渡があったものとみなすとしていた(昭和25年法律第71号所得税法5条の2)。この規定は、生前中によると死亡によるとを問わず、資産が無償等で他に移転する場合には、その時までにその資産について生じていた利得又は損失は、その年の所得税の申告書に計上しなければならないとするシャウプ勧告の考え方に基づくものであった。

(1)昭和43年10月13日 最高裁判所第一小法廷(昭和41(行ツ)8 所得税賦課決定等取消請求)は、次のように説示している。「譲渡所得に対する課税は、原判決引用の第一審判決の説示するように、資産の値上がりによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に、これを精算して課税する趣旨のものと解すべきであり、売買交換等によりその資産の移転が対価の受入れを伴うときは、右増加益は対価のうちに具体化されるので、これを課税の対象として捉えたのが旧所得税法(昭和二二年法律第二十七号、以下同じ。)九条一項八号の規定である。そして対価を伴わない資産の移転においても、その資産につき既に生じてから、同じくこの移転の時期において右増加益を課税の対象とするのを相当と認め、資産の贈与、遺贈のあった場合においても、右資産の増加益は実現されたものとみて、これを前記譲渡所得と同様に取り扱うべきものとしたのが同法五条の二の規定なのである。またいわゆる応能負担の原理を無視したものとも言いがたい。のみならず、このような課税は、所得試算を時価で売却してその代金を贈与した場合などとの釣り合いからするも、又無償や低額の対価による譲渡にかこつけて資産の譲渡所得税を回避しようとする傾向を防止する上からするも、課税の公平負担を生じない場合に納税を強制するものとする非難も又あたらない。」

しかしながら、相続や贈与の場合に、被相続人や贈与者に譲渡所得を課税し、相続人や受贈者に相続税や贈与税を課税するのは国民感情から乖離する課税形態であるとの理由で昭和27年、昭和37年、昭和48年の改正を経て、現行法は、相続や贈与があった場合、所得税法59条1項に規定する次の①②の場合を除き、譲渡所得の課税対象とすることなく取得価額の引き継ぎによる課税の繰り延べが行われている(所法33、59①一、二)。

  1. 法人に対する贈与、遺贈、著しく低い対価(時価の2分の1未満:所令169)での譲渡
  2. 相続のうち限定承認に係るものや、個人に対する包括遺贈のうち限定承認に係るもの

(2)所得税法33条と59条の関係

ここで注意しなければならないことは、上述(1)の1は、所得税法33条に規定する「譲渡」であるが、2は同上に規定する譲渡ではないということである。

『所得税法逐条解説』(大蔵財務協会)によれば、課税実務は、原稿所得税法33条の規定する「資産の譲渡」という条文の「譲渡」を次のように解しているようである。

現行、所得絵時報33条に規定する「譲渡」とは、通常、法律行為による所有権の移転と解されているので、相続のように一定の事実(相続)に基づいてその効果(権利、義務の包括的承継)が生ずる場合は「譲渡」に含まれないが、贈与、遺贈による資産の移転は同条に規定する「譲渡」に該当する。(2)

(2)『所得税基本通達逐条解説(平成21年版)』p.644。

すなわち、「譲渡」とは有償無償を問わず法律行為による所有権の移転をいう。法律行為である贈与、遺贈は譲渡食との課税対象となる譲渡に該当するが、相続は譲渡に含まれない。このように解しても、無償の譲渡である贈与、遺贈を課税対象とするためには、時価で譲渡したものとみなす所得税法59条1項の適用要件を具備する必要がある。

所得税法59条を注意深く読むと、同条は、「譲渡所得の基因となる資産の『移転』があった場合」と規定し、資産の「譲渡」とは規定していない。この意味するところは、同法1項1号は限定承認に係る「相続」という事由により資産の「移転」があった場合に、これを「譲渡」とみなしている点にある。本来、所得税法33条の規定する資産の「譲渡」に該当しない「相続」を基因とする資産の移転を譲渡とみなしているわけである。加えて、同項1号は法人に対する贈与及び遺贈並びに個人に対する包括遺贈のうち限定承認に係るものを原因として資産の譲渡(この場合は、本来の譲渡である。)について、「時価」で譲渡があったものとみなしている。さらに同項2号は法人対する著しく低い価額(時価の2分の1未満)による譲渡については、「時価」で譲渡したものとみなしている。このように所得税法59条は、本来譲渡所得の課税規定では譲渡に該当しない相続を原因とする資産の移転を譲渡とみなすと共に、無償の譲渡である贈与、遺贈や低額譲渡について、一定の場合においては、時価で譲渡したものとみなす規定である。

(3)所得税法59条と租税特別措置法40条

法人に対する寄付(贈与・遺贈)が行われた場合に適用される上述のみなし譲渡の規定は、譲受者が国又は地方公共団体である場合は、一般の法人と同じように適用することは適当でなく、また、相手が公益を目的とする事業を営む法人である場合にも、公益位事業の保護育成という政策的観点から適用するのは適当でない場合もあると考えられる。

そこで、租税特別措置法40条により、国又は地方公共団体に対して財産の贈与又は遺贈があった場合には、その財産の贈与又は遺贈がなかったものとみなし、譲渡益に相当する部分については所得税が課税されないこととされ(措法40①前段:所得税法59条1項1号の特例規定)、公益社団法人、公益財団法人、特定一般法人(注1)(3) その他 公益を目的とする事業を行う法人(注2)に対する贈与・遺贈についても、一定の要件を満たすものとして国税庁長官の承認を受けたものについては、国等に対する財産の贈与又は遺贈と同様に、その財産の贈与又は遺贈はなかったものとみなされ、譲渡益に相当する部分については所得税が課税されないこととされている(措法40①後段)。

(3)「現行条文において、「特定一般法人」を「公益を目的とする事業を行う法人」の例示としているのは、その社会実態に照らしても誤りである(民間法制・税制調査会 税制部会 平成21年10月15日「公益法人税制について、早急に改善すべき事項の提言」)。」

(注1)特定一般法人とは、法人税法別表二に掲げる一般社団法人及び一般財団法人で法人税法2条9号のイ及び法人税法施行令3条1項に掲げる次の全ての要件を満たす法人をいう。

  1. 剰余金の分配を行わない旨が定款に定められていること。
  2. 解散時の残余財産が、国若しくは地方公共団体、公益社団法人若しくは公益財団法人、又は公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律(平成18年6月2日法律第49号)5条17号イからトまでに掲げる法人に帰属する旨が定款に定められていること。
  3. 各理事について、その理事及びその理事の配偶者又は三親等以内の親族等である理事の数の合計数が理事総数の3分の1以下であること。
  4. 1や2に掲げる定款の定めに反した行為を行うことを決定し、又は行ったことがないこと。

(注2)学校法人、社会福祉法人、更生保護法人、宗教法人、博物館や図書館を運営する法人、学生に奨学金を支給したり、寄宿舎を提供する法人、科学技術等の研究施設を営んだり、研究者に助成金を支給したりする法人、専修学校などを営む法人等公益を目的とする事業を行う法人(外国法人を除く)。