遺言無効確認の訴えと遺言に基づく申告

遺言は無効であるとして、遺言無効確認の訴えが提起されているときでも、一見、形式上有効な遺言があれば遺言に基づき申告を行えばよい。遺言により一切の財産を取得しないとされている者(みなし相続財産である死亡保険金や死亡退職金も取得していない者)が遺言の無効を主張している当事者であるとき、税務上は遺言が無効であることが裁判で確定するまでは申告を行う必要はない。

裁判により(遺言の署名は本人の筆跡ではないなどの理由で)遺言が無効であることが確定したときは、法定相続による分割協議が開始される。取得する遺産が減少し、納税額も減少する者は、判決が確定した日の翌日から4花月以内に更正の請求を行う。

新たに遺産を取得し納税しなければならない者は期限後申告書を提出することができる(相法30)。法定申告期限の翌日から期限後申告を行った日、又は税務署長が決定処分の通知を発した日までの延滞税は課されない(相法51②)。無申告加算税も課税されない(課資2-264 平成12年7月3日「相続税、贈与税の過少申告加算税及び無申告加算税の取扱いについて」参考通達等3)。遺言が有効ならば取得しないはずの遺産を申告しなかったことは、その資産を申告しなかったことについて遅滞責任を問うことができない正当な理由があると認められるからである(通法65④、32⑥、通令8②)。

このように、形式上有効な遺言があれば、遺言無効を主張する者でも遺言に基づいた財産の分配を前提として相続税の申告を行えばよく、税法もこれを正当事由とみているのだが、自己の主張に沿った申告をしておかないと訴訟上不利になるという考え方から、往々にして、遺言無効を主張する当事者は、遺言が無効であるという前提で相続税の申告を行う傾向がある。このような申告が行われると二重課税の状態が生ずる。

■形式上有効な遺言とは(自筆証書遺言)

遺言は要式行為であり、法が定めた一定の様式を備えていることが必要である。遺言者が一人でこっそり書く自筆証書遺言は、次の要件を備えていなければならないとされている(民法968)。

  1. 全文の自筆…手が不自由であるため他人が添え手をする場合がある。自筆という観点からは好ましくないのだが、添え手をした場合でも、添え手をした他人の意思が介在した形跡のないことが筆跡の上で判定できるものは自筆の要件を満たすとされている(最判昭62.10.8判時1258・64)。
  2. 日付の記載…特定の日を表示するものでなければならないので「吉日」という日付の記載を欠くものとして無効であるとされている(最判昭54.5.31判時930・64)。
  3. 氏名の記載…自筆による署名が必要である。
  4. 押印…指印による押印も有効である(最判元2.16判時1306・3)。

【設例】

甲には、すでに亡くなっている先妻との間に二人の実子がいるが、遺言で全財産を内縁の妻Yに遺贈して亡くなった。実施X1、X2は遺言が無効であるとして遺言無効確認訴訟(1)を提起し、遺言無効を前提にすべての財産をX1、X2が相続したとして法定相続分により申告した。

内縁の妻Yは、遺言に基づき全ての財産を相続した内容の相続税の申告を所轄税務署長に提出した。

図表Ⅱ-1 設例関係図

設例関係図
設例関係図

(1) 遺言無効確認訴訟の適法性については肯定されている(最判昭47.2.15第三小法廷民集26・1・30)。

一つの遺産につき、二つの申告書が提出され、二重課税が生じている。このような事例で税務署長はどのような処理を行うのだろうか。

税務署長は、遺言の有効性につき独自の事実認定を行い、課税処分をする。是しむ署長は、法令上の調査権限に基づき収集した資料を基に遺言が有効であるか無効であるかの事実認定を行い、財産の帰属者の認定し、修正申告の指導や更正処分を行うのが基本である。

当事者が裁判所に提出している資料や調査により独自に収集した資料を基に、①形式上有効な遺言であるか、②遺贈者は作成時に遺言能力があったか、③詐欺・脅迫の事実がなかったか、④訴訟終結はいつ頃になる見通しかなどを調査し、遺言の有効性について判断したところにより課税処分を行う。税務署長は、遺言の有効性が高いと判断すればX1、X2に対して二重課税を排除するために減額更正処分を行う。

遺言作成時に被相続人は植物状態にあるなど、遺言が無効である可能性が極めて高いと判断すれば、Yに対して減額更正処分を行うこととなる(ただし、このような事実認定は非常に難しいので、形式上有効な遺言があれば、通常は遺言に基づいた申告を認容することとなろう。)。税務署長が調査を行いどちらかの申告を取り消さなければ、遺言無効確認の判決が確定するまで二重課税の状態が継続することになる。

この事例で、両者ともに無申告ならば、税務署長は、遺言が有効である可能性が高いか、無効である可能性が高いかを独自に判断して課税処分(この場合、決定処分)を行うこととなる。本来裁判所が最終判断をする権限を有している事項であるにもかかわらず判決が確定するまでに税務署長が独自の判断で課税処分を行うのは、このような処分ができないとすれば、除斥期間を有する我が国の税法下では、課税漏れをみすみす見逃すことになりかねないからである。

遺言無効確認訴訟の確定判決が出た時点で、税額が減少する当事者は、確定判決があった日の翌日から四ヶ月以内に税務署長に対し更正の請求を行うことになる(相法32六、相令8②一)。

判決で遺言無効が確認された場合は、受遺者Yは法定相続人ではないので遺言が無効ならば遺産を取得することはできず、納税義務は消滅する。受遺者Yは四ヶ月以内に更正の請求を行い、いったん納めた税金の還付を受ける手続きをとることとなる(相法32六、相令8②一)。

上の例で、内縁の妻Yは相続税の申告を行っていたが、実子Xは、納税資金がないこともあり、法定申告期限までに申告書の提出は行わないうちに遺言無効の判決が確定した場合は、X1、X2は決定があるまではいつでも期限後申告書を提出することができる(相法30)。

税務署長は、X1、X2から期限後申告書の提出がなければ決定処分(2)を行う。Yからの更正の請求があった日から一年又は国税通則法70条(通常の更正の決定に関する除斥期間)の規定によりX1、X2に対し決定をすることができなくなる日といずれかの遅い日までにX1、X2に対し決定処分を行う(相法35③④)(国税通則法70条の除斥期間については「更正の請求」参照。)。

(2) 税務署長は、納税申告書を提出しなければならない義務があると認められる者が当該申告書を提出しなかった場合には、その調査によって課税価格及び相続税額又は贈与税額を決定する(通法25)。

X1、X2に対する延滞税は、期限後申告書を提出する日から納税する日まで課税されるだけである。期限後申告を行った日に納税すれば延滞税は発生しない。相続若しくは贈与により取得した財産についての権利の帰属についての判決があったことにより期限後申告書の提出があったときは、法定申告期限の翌日から期限後申告書の提出があった日までの期間は延滞税の計算の基礎となる期間に算入されないこととされている(相法51②一八、32六、相令8②一)。

X1、X2に対して無申告加算税は賦課されない(通法66①ただし書き:「期限内申告書の提出がなかったことについて正当な理由があると認められる場合」に該当する(課資2-264 平成12年7月3日「相続税、贈与税の過少申告加算税及び無申告加算税の取扱いについて」)参考通達等3)。

図表Ⅱ-2 遺言無効判決による更正の請求と期限後申告

遺言無効判決による更正の請求と期限後申告
遺言無効判決による更正の請求と期限後申告