未分割遺産の課税価格と分割後の納税者の選択

相続税の課税価格は、各々の納税義務者が相続又は遺贈により取得した財産の価額を基に、また、債務及び葬式費用は各々の納税者(相続人及び包括受遺者に限る。)が実際に負担する額を債務控除して申告することとなっているが、遺言による分割方法の指定がなく、また、法定申告期限までに遺産分割が調わないときは、各納税者は法定相続分によって申告することとされている。

ここでいう法定相続分とは、財産については民法900条から903条まで、負債については民法900条から902条までの規定による相続分又は包括遺贈の割合によって計算したものである。「民法900条から903条」は特別受益を考慮した相続分及び包括遺贈に割合について規定している(注)。 「民法900条から902条」は特別受益を考慮しない相続分及について規定している。特別受益を考慮しない相続分とは、遺言により相続分の指定があればこれに基づき、指定がなければいわゆる「法定相続分」によるという意味である。

(注)寄与分は考慮しない。被相続人の財産の維持・増加に特別の寄与をした相続人があるときは、被相続人の財産から共同相続人の協議又は家庭裁判所の審判で定めた寄与分を控除したものとみなし、民法900条から902条までの規定によって算出した相続分に寄与分を加えた額が寄与した者の民法の規定による相続分とされている。未分割時点では協議又は審判による寄与分の決定がなされていないので、相続税法55条は、寄与分の規定を適用しないで計算したところによる相続分で課税価格を計算することとしている。

相続若しくは包括遺贈により取得した財産に係る相続税について申告書を提出する場合又は当該財産に係る相続税について更正若しくは決定をする場合において、当該相続又は包括遺贈により取得した財産の全部又は一部が共同相続人又は包括受遺者によってまだ分割されていないときは、その分割されていない財産については、各共同相続人又は包括受遺者が民法(第904条の2(寄与分)を除く。)の規定による相続分又は包括遺贈の割合に従って当該財産を首位得した者としてその課税価格を計算するものとする。ただし、その後において当該財産の分割があり、当該共同相続人又は包括受遺者が当該分割により取得した財産に係る課税価格が当該相続分又は包括遺贈の割合に従って計算された課税価格と異なることとなった場合においては、当該分割により取得した財産に係る課税価格を基礎として、納税義務者において申告書を提出し、若しくは第32条の更正の請求をし、又は税務署長において更正若しくは決定することを妨げない。

相続税法55条《未分割遺産に対する課税》

未分割で申告した後、分割が行われた場合には納税者は次の行為を行うことができ、納税者から更正の請求が出された場合には税務署長は更正若しくは決定をすることができる。

  1. 納税額が減少する相続人は、分割が確定したことを知った日の翌日から4ヶ月以内に更正の請求をすることができる。
  2. 更正の請求が行われた場合、税額が増加する納税者は修正申告を行うことができる。
  3. 当初は取得財産がなかった者が法定申告期限後に財産を取得することとなる場合などは、新たに期限後申告を行うことができる。

注意すべきは、この相続税の再調整となる更正の請求は、納税者の選択によって行われるものである点である。法定相続分で計算された申告書と遺産分割後の課税価格及び納税額に差があっても、納税者は更正の請求を提出しないこともできるのである。

納税者が更正の請求を提出しなければ、税額が増加する他の納税者は修正申告や期限後申告を行う義務はなく、税務署長も更正若しくは決定を行うことはない。

遺産分割について長期間の争いがあり、最終的に当初申告よりも多くの遺産を取得することが可能となった納税者においても、係争中に不動産や株式が大幅に下落し修正申告や期限後申告を行っても納税することができない場合がある。遺産分割に関する係争において、このようなケースでは更正の請求さえ行わなければ修正申告等の義務は発生しないことに留意することが必要である。

なお、相続税法55条ただし書きに規定するこれらの期限後申告、修正申告、更正又は決定は、国税通則法に定める通常の期限後申告等とは異なり、相続人の責めに帰せない原因に基づくものであるとされているので、法定申告期限の翌日から期限後申告を行った日、又は税務署長が更正若しくは決定処分の通知を発した日までの延滞税は課されない。無申告加算税も課税されない。