遺言と異なる遺産分割

特定遺贈、包括遺贈、相続させる旨の遺言、相続分の指定、遺産分割方法の指定

遺言執行者がいる場合、相続人は遺言の対象となった相続財産について、処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることができないので遺言が分割方法を指定していれば、遺言の指示の通り遺産は分割される(民法1013、1014)。遺留分を侵害する遺言も当然に無効となるものではない。遺留分を侵害された遺留分権利者は、自己の遺留分を保全するのに必要な限度において贈与・遺贈の減殺を請求することが可能となるにすぎない(民法1031)。

遺言があっても、相続分の指定や包括遺贈のように遺産の割合を決めて特定の相続人に相続させる内容の遺言であれば、具体的にどの財産を誰が取得するか分割協議が必要となる。

ところで、相続人に相続させる旨の遺言(1)は、特段の理由がない限り遺産分割方法の指定と解すべきであり、相続開始時点で目的物の所有権は受遺者に確定的に帰属すると解されている(最判二小平成3.4.19)。そうすると遺産分割方法の指定がなされた目的物は、遺産分割を経ずに確定的に受遺者に所有権が帰属するのであるから、論理的には当該相続人が相続を放棄しなければ、相続させる旨の遺言に反する分割協議はできないとも考えられるが、これを肯定する判決例がある。

(1)遺言書の記載から、その趣旨が遺贈であることが明らかであるか又は遺贈と解すべき特段の事情のない限り、当該資産を当該相続人をして単独で相続させる遺産分割の方法が指定されたものと解すべきであり、その場合には、当該遺言において相続による承継を当該相続人の意思表示にかからせたなどの特段の事情のない限り、何らkの行為を要せずして、当該遺産は被相続人の死亡時に直ちに相続により承継される(最二小判平3・4・19民集45巻4号77)。

さいたま地裁平成14年2月7日は「相続させる旨の遺言による場合でも、遺言者の通常の意思は相続を巡って相続人間に無用な紛争が生ずることを避けることにあるから、遺言と異なる遺産分割が相続人間によって協議されたとしても、直ちに被相続人の意思に反するとはいえず、相続人間において遺言と異なる遺産分割をすることが一切できず、その遺産分割を無効とする趣旨まで包含していると解することはできない」と判示している。

このように適法な分割方法の指定があっても(遺言執行者がいる場合には、遺言執行者の同意を得られれば)(民法1013)、共同相続人全員の協議によって指定と異なる分割をしても妨げないということになる。

(注)遺言執行者がある場合、相続人は相続財産に対する管理処分権を失い(民法1013)、遺言執行者が管理処分権を有する(民法1012)。そこで、遺言執行者は、相続人全員の合意のもとに遺言内容と異なる財産処分を求められても、遺言に基づいた執行をなすことができる(『改訂遺産分割実務マニュアル 』 p.207)。遺言執行者があるにもかかわらず、一部の相続人が遺言に反して相続財産を処分した場合、最高裁は、遺言者の意思を尊重しようとする民法1013条によりその行為は絶対的に無効となるとし、第三者にも対抗できるとする(同書p.208、大判昭和5年6月16日民集9巻550頁、判民昭和5年56頁、最判昭和62年4月23日民集41巻3号74頁、判時1236号72頁)。なお、遺言執行者の同意の下に、合意が利害関係を有する関係人全員(相続人・受遺者)でなされ、かつその履行として処分行為がなされた場合に、民法1013条の目的に反するものではないとして相続財産の処分行為を有効とした裁判例がある(同書p.208、東京地判昭和63年5月31日判時1305号90頁)。

遺言で相続人以外のものに特定遺贈がなされた場合、特定遺贈の受遺者は遺言者の死亡後いつでもその特定遺贈を放棄することができる(民法986①)。特定遺贈の内容が可分であるときは、一部放棄もできる。しかし、一部放棄を禁ずる遺言であればそれに従うべきであるとされている(2)

(2)『新版注釈民法(28)』p.210。

遺言で相続人以外のものに包括遺贈がなされた場合は、包括受遺者は自己のために遺贈の効力が発生したことを知ったときから三ヶ月の熟慮期間内に承認・放棄をすることを要し、その期間内に限定承認・放棄をしないと包括遺贈の単純承認をしたものとみなされる(民法921二)。このことは、論理的には包括遺贈の一部放棄はできないという結論に達し、特に全部包括遺贈の場合、実務上、甚だ不都合な事態を生ずることがある。例えば次のような事例である。被相続人Aは配偶者も子供もいないので、全ての遺産を妹に包括遺贈した。Aには母がおり、血族相続人の第一順位は直系尊属である母である。この母親がAの遺産の一部(母親が居住している自宅)を必要とし、包括受遺者である妹(母親から見ると娘)も不服はない。このような場合、包括遺贈の一部放棄が可能ならば相続人である母親と包括受遺者である妹が分割協議を行えば足りるのであるが、包括遺贈の一部放棄が認められないのであれば、母は遺留分減殺請求権を行使せざるを得ない。

ただ、遺留分減殺請求権を行使しても、包括遺贈された遺産が遺留分権に応じ包括受遺者と相続人の共有となるか若しくは価額弁償を受け得るだけであり、特定の遺産を取得することはできないと解されているから厳密な意味では母親は自宅そのものを相続によって取得することはできないことになる(最判平成8・1・26民集50巻1号32頁)。

このように、相続理論と実務が乖離している部分がある。国税庁は受遺者が全て相続人のケースでは遺言と異なる遺産分割協議も有効であるとの見解を公表しているが(タックスアンサーNo.4176)、相続人以外の者が包括受遺者である場合については特に言及していない。慎重を期すならば、遺言を作成するときに留意すべき事項である。

■参考判決例 遺言と異なる遺産分割協議の効果

平成14年2月7日 埼玉地方裁判所 平成11(ワ)2300

特定の不動産を特定の相続人に「相続させる」旨の遺言がなされた場合には、当該遺言において相続による承継を当該相続人の受諾の意思表示にかからせたなどの特段の事情のない限り、何らの行為を要せずして、被相続人の死亡の時(遺言の効力の生じたとき)に直ちに当該不動産は当該相続人に相続により承継される。そのような遺言がなされた場合の遺産分割の協議又は審判においては、当該遺産の承継を参酌して残余の遺産の分割がされることは言うまでもないとしても、当該遺産については、上記の協議又は審判を経る余地はない。以上が判例の趣旨である(最判平成3年4月19日第2小法廷判決・民集45巻4号477頁参照)。しかしながら、このような遺言をする被相続人(遺言者)の通常の意思は、相続をめぐって相続人間に無用な紛争が生ずることを避けることにあるから、これと異なる内容の遺産分割が善相続人によって協議されたとしても、直ちに被相続人の意思に反するとはいえない。被相続人が遺言でこれと異なる遺産分割を禁じている等の事情があれば格別、そうでなければ、被相続人による拘束を全相続人にまで及ぼす必要はなく、むしろ全相続人の意思が一致するなら、遺産を承継する当事者たる相続人間の意思を尊重することが妥当である。法的には、一旦は遺言内容に沿った遺産の帰属が決まるものではあるが、このような遺産分割は、相続人間における当該遺産の贈与や交換を含む混合契約と解することが可能であるし、その効果についても通常の遺産分割と同様の取り扱いを認めることが実態に即して簡明である。また従前から遺言があっても、全相続人によってこれと異なる遺産分割協議は実際に多く行われていたのであり、ただ事案によって遺産分割協議が難航している実情もあることから、前記判例は、その迅速で妥当な紛争解決を図るという趣旨から、これを不要としたのであって、相続人間において、遺言と異なる遺産分割をすることが一切できず、その遺産分割を無効とする趣旨まで包含していると解することはできないというべきである。

■参考判例 「相続させる」旨の遺言

最高裁判所第二小法廷平成3年4月19日判決 判時1384・24、香川判決

被相続人の遺産の承継関係に関する遺言については、遺言書において表明されている遺言者の意思を尊重して合理的にその趣旨を解釈すべきものであるところ、遺言者は、各相続人との関係にあっては、そのものと各相続人との身分関係及び生活関係、各相続人の現在及び将来の生活状況及び資力その他の経済関係、特定の不動産その他の遺産についての特定の相続人の関わり合いの関係等各般の事情を配慮して遺言をするのであるから、遺言書において特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」趣旨の遺言者の意思が表明されている場合、当該相続人も当該遺産を他の共同相続人と共にではあるが当然相続する地位にあることに鑑みれば、遺言者の意思は、右の各般の事情を配慮して、当該遺産を当該相続人をして、他の共同相続人と共にではなくして、単独で相続させようとする趣旨のものと解するのが当然の合理的な意思解釈というべきであり、遺言書の記載から、その趣旨が遺贈であることが明らかであるか又は遺贈と解すべき特段の事情がない限り、遺贈と解すべきではない。そして、右の「相続させる」趣旨の遺言、すなわち、特定の遺産を特定の相続人に単独で相続により承継させようとする遺言は、前記の各般の事情を配慮しての被相続人の意思として当然であり得る合理的な遺産の分割の方法を定めるものであって、民法九〇八条において被相続人が遺言で遺産の分割方法を定めることができるとしているのも、遺産の分割の方法として、このような特定の遺産を特定の相続人に単独で相続により承継させることをも遺言で定めることを可能にするために他ならない。したがって、右の「相続させる」趣旨の遺言は、まさに同条にいう遺産の分割の方法を定めた遺言であり、他の共同相続人も右の遺言に拘束され、これと異なる遺産分割の協議、さらには審判もなしえないのであるから、このような遺言にあっては、遺言者の意思に合致するものとして、遺産の一部である当該遺産を当該相続人に帰属させる遺産の一部の分割がなされたのと同様の遺産の承継関係を生ぜしめるものであり、当該遺言において相続による承継を当該相続人の受諾の意思表示にかからせたなどの特段の事情のない限り、何らの行為を要せずして、被相続人の死亡の時(遺言の効力の生じたとき)に直ちに当該遺産が当該相続人に相続により承継されるものと解すべきである。そしてその場合、遺産分割の協議又又は審判においては、当該遺産の承継を参酌して残余の遺産の分割がされることは言うまでもないとしても、当該遺産については、右の協議又は審判を経る余地はないものというべきである。もっとも、そのような場合においても、当該特定の相続人はなお相続の放棄の自由を有するのであるから、そのものが所定の相続の放棄をしたときは、遡って当該遺産がそのものに相続されなかったことになるのはもちろんであり、また、場合によっては、他の相続人の遺留分減殺請求権の行使を妨げるものではない。