相続税の納税義務者は原則として自然人たる個人である。株式会社など営利法人が遺贈を受けた場合、受贈益に対し法人税が課税される。営利法人が相続税の納税義務者となることはない。ただし、営利法人に対する遺贈があった場合には、間接的に営利法人の株主に対する利益供与となる場合がある。営利法人に対する利益の供与(遺贈)により、その法人の株価が上昇するときには、遺贈者から営利法人の株主に対し株価上昇分の経済的利益の遺贈があったと認定され相続税の課税が行われる(1)(相法9、相基通9-2の準用)。
(1)債務超過の法人に対し遺贈が行われた場合は、債務超過部分を補填し純資産評価額が一円以上にならない場合は、マイナスの資産が0円になるだけなので経済的利益を認識することはない。
株価上昇分の経済的利益の算定については、財産評価基本通達に定める評価方式で評価すべきであるのか、遺贈による法人の財産の増加額を直接反映する純資産評価方式によるべきか、という二つの考え方が在するが、財産評価基本通達は多数の納税者が画一的に評価を行う基準として合理性を有するものとされているので、受遺財産による株価上昇に係る経済的利益を算出する場合でも、遺贈前の株価と遺贈後の株価の算定にあたり財産評価基本通達に定める方法で評価を行うことができると解する。このような見解を採用すると類似業種比準価額を採用して評価を行うことができるケースでは、遺贈による法人資産の増加が株価にほとんど影響しない事態も生ずるが、そもそも類似業種比準価額は、評価対象会社の規模等を勘案し、同種同業の上場会社の株価を基準に、上場会社(標本会社)と評価会社の株価を算定する市場価額比準方式であり、解散価値を基準にしたものではないから、遺贈による株価上昇がわずかしか評価に反映しないことが直ちに評価の適性を損じることにはならないと解する。
株価の上昇分の経済的利益を算出する場合、遺贈により取得した財産の価額から受贈益にかかる法人税相当額(2)を控除することができる。ただし、繰越欠損金がある法人では繰越欠損金を考慮することが必要である。受贈法人に法人税法上の繰越欠損金がある場合には、繰越欠損金を控除した残額に対する法人税等相当額を控除する。繰越欠損金が受贈益よりも多く、課税される法人所得が算出されない場合は、受贈益に対する法人税等相当額は控除しない。
(2)この場合の法人税等相当額は財産評価基本通達186-2に定める42%を使用しても差し支えないものとされている。
受遺者が人格なき社団・財団(以下、「人格なき社団等」という。)である場合、人格なき社団等は、法人税法では、34種類の収益事業から生じた所得に対して法人税の納税義務者とされ法人税が課税される。人格なき社団等が遺贈を受けても、受贈益は収益事業に該当しないので法人税が課税されることはないが、相続税法では人格のない社団等は個人とみなされ受遺財産に対し相続税が課税される(法法3、4①、7、相法66①)。ただし、人格のない社団等が公益事業を行い、かつ、一定の要件を満たす場合には遺贈を受けた財産は相続税の非課税財産となる(相法12③、相令2)。
人格なき社団等は、任意に作ることができ、何ら法的規則なくその態様は千差万別である。中には、特定の者や特定の一族に支配され、特定の者が特別の利益を得ている人格のない社団等が存在する可能性があることは否めない。そこで相続税法は、この仕組みを使った不当な相続税や贈与税の租税回避が行われることを防止するため、人格なき社団等に対し遺贈があった場合には、人格のない社団等を無条件に個人とみなし、相続税の納税義務者にしている(相法66①)。人格なき社団等をセル散るするために財産の提供があった場合についても同様の取り扱いとなる(相法66②)。人格なき社団等に遺贈があり、遺贈財産が譲渡所得の基因となる資産であれば、遺贈者に所得税(譲渡所得)が課税され(3)、遺贈を受けた人格なき社団等には相続税が課税されるのが原則である。
(3)租税特別措置法40条1項の適用はない。同条には人格なき社団等を法人とみなして同法を適用する旨の規定は存在しないからである(同旨:平成10.6.26東京地裁)。
例外的に、人格なき社団等が宗教、慈善、学術その他公益を目的とする事業を行う者で次の要件に該当するものにあたる場合、遺贈された財産は相続税の非課税財産となる(相法12③、相令2)。
- 人格なき社団等が専ら公益を目的とする事業を行うこと
- 公益の増進に寄与することが著しいこと
- 事業運営が特定の者又は特別関係者の支配に服していないこと
- 受遺者や受遺者の特別関係者又は被相続人若しくは遺贈者若しくはこれらの者の特別関係者に対し事業に関して特別の利益を与えないこと
受遺者が持分の定めのない法人である場合、持分の定めのない法人(注)は、特定の場合に個人とみなされ相続税の納税義務者となる(相法66④⑥)。特定の場合とは、遺贈者の親族その他これらの者と特別の関係がある者の贈与税、相続税の負担が不当に減少する結果となると認められるときをいう(相法66④⑥、相令31①)。
(注)持分の定めのある法人で、持分を有するものがいないものを含む。
相続税等の負担が不当に減少する結果となると認められる場合とは、次の適正条件から外れた運営組織や事業運用がなされた場合をいう(相法33③)。
- 運営組織が適正であり、定款等により事業運営が特定の者又はその特別関係者の支配に服さないこと
- これらの者に対し事業に関連して施設の利用、金銭の貸付などの特別の利益を与えないこと
- 定款等において残余財産を国又は地方公共団体又は公益社団法人・公益財団法人その他の公益を目的とする事業を行う法人(持分の定めのないものに限る。)に帰属させる旨の定めがあること。
- 法令に違反する事実等がないこと
持分の定めのない法人を設立するために財産の提供があった場合についても同様の取り扱いとなる(相法66④)。
持分の定めのない法人が個人とみなされ受遺財産に対し相続税が課税される場合に、公益事業用財産の非課税の特例(注)の規定の適用はない。
(注)宗教、慈善、学術その他公益を目的とする事業を行う者で、一定の要件に該当するものが相続又は遺贈により取得した財産で、その公益を目的とする事業の用に供することが確実なもの(取得から二年以内に受遺財産をその公益事業の用に供すること)は、相続税の非課税財産とされている(相法12①三)。
公益事業用財産の非課税規定の立法趣旨は、遺贈を受ける者が、専ら公益の増進に寄与するところが著しいと認められる事業を行う者であり、かつ、同族関係者等特別な関係にある者に対し特別の利益を与えるような事実がないものに限るというものである(相令2)。したがって、遺贈者の親族その他特別関係者の相続税又は贈与税の負担を不当に減少させる結果となると認められる場合に限り相続税の納税義務者となる持分の定めのない法人が受けた遺贈財産は公益事業用財産の非課税財産の要件に該当する余地はない(4)。
(4)『DHCコンメンタール相続税法』p.1197。医療法人の例につき、昭46・7・15東地裁判、税務訴訟資料63・135。
なお、持分の定めのない法人に対する遺贈を通じ、法人の理事等特定の者やその親族、当別関係者が法人から特別の利益を受ける場合には、法人から受ける特別の利益を遺贈者から遺贈により受けたものとみなして相続税を課税するという規定がある(相法65)。
形式的には、個人が法人に対し遺贈を行った場合でも、遺贈を受けた法人が特定の個人に特別の利益を与えるような法人であれば、実質t期には法人に対する遺贈ではなく特定の個人に対する遺贈とみなければならないからである。
法人から受ける特別の利益とは、事業による施設の利用、余裕金の運用、解散した場合の財産の帰属、金銭の貸付、資産の譲渡、給与の支給、役員等(理事、監事、評議員その他これらの者に準じるものをいう。)の選任、その他財産の運用及び事業の運営に関して法人から受ける利益をいう(相令32)。
遺贈により受ける利益の価額に相当する金額とは、遺贈によって法人が取得した財産そのものの価額ではなく、法人に遺贈があったことに関して、遺贈を受けた法人から受けた特別の利益の実態により評価することとなっている(昭和39年通達21)。この規定は、受遺法人に相続税が課税されるときには適用はない(相法65)。